harunoame

情報学と映画とアニメと本の話

現状を肯定しながら、先行きはぼんやり不安な感じ

 私の理想の社会ってどんなかたちだろう。体制としては割と社会主義的な秩序と平等とを求めている気がするけれど、日本に限って言えば、便宜上今の国家単位で運営されるのがまあ大体ちょうどいいのじゃないかと思っているし、多民族をごちゃまぜにするのは良策とは思えない。

 右なのか左なのか、自分の立ち位置も分からない阿呆であるのが困ると思って読みました。基本的な知識から始まって、右へも左へも単純に賛同できない理由をかみ砕いてくれました。予定よりずっと勉強になった良い本でした。

右翼と左翼 (幻冬舎新書)

右翼と左翼 (幻冬舎新書)

 「右傾化」していると見做される若者たちの多くには、藤原帰一教授がいうように「日本は良い国だと思いたい」という現状肯定への欲求はあっても、自分たちの世代が苦難を引き受けてでも、「自分たちが日本を強い国へと変えてゆこう」という将来へ向けた積極的な意思は見当たらないのです。「右傾化」を憂える「左翼」も、「これまで通りが続いて欲しい」という願望はうかがえても、無抵抗で殺される栄誉を引き受けて、本気で日米安保を撤廃し、非武装日本を実現するという前向きの倫理的意思は見えません。 

「右-左」図式がかくもわからなくなった背景は、(中略)経済、政治、文化、軍事外交のどの分野に関しても、「右」なり「左」なりの価値を、今後その究極まで実現したところにユートピアを見る考えが過去のものとなったゆえです。(中略)
「右」から市場原理主義を唱える論者も、社会福祉全廃はいわない。「左」の「大きな政府」論者も、全産業国有までは唱えない。「右」「左」ともに議会制民主主義は否定しない。文化的にナショナリズム復興を叫ぶも者も、人権思想を全否定はしない。多文化主義者も、国家ひていまではなかなかいかない。再軍備論者も、侵略的拡張主義は否定するし、護憲論者でも、自衛隊全廃など完全な非武装中立論を主張する者は、ずいぶん少数派となりました。
これはつまり、豊かさ、民主主義、文化的相対主義、平和尊重などが、「右」「左」のほとんどが共有する目標となり、対立はそれを実現、いや維持してゆくにあたってのいろいろな微調整をめぐるもの程度に縮小された現状を意味します。(中略)
現在では、「右」も「左」も、いくつもの政策の束を一つの体系へとまとめあげて、それを極限まで徹底実現した未来をユートピアとして夢見る思想、つまりイデオロギーであるのをやめました。(中略)

今や、左端と右端がある軸自体、経済、政治、文化、軍事、外交と、四つか五つは想定できます。

このずるずるした現状肯定も、多分そのうち行き詰まる。そうなったとき、「左」がそれみたことかと言うのは心底、厭だなあ。