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きんきと映画とアニメと本の話

ぶんぶぶん リモート初回のおはなし

ぶんぶぶんは、収録ができなくなってからも未公開を織り交ぜて丁寧にたのしい総集編を作ってくれるので、本当にありがたい番組です。

今回は初めてのリモート収録!という前評判が先にきすぎて、ふたりがしゃべるんじゃないんかーい!となってしまったのが先ず出鼻をくじかれてしまったところでしたが、最後の最後になんかねえ、剛さんありがとう。きんきさん相変わらず可愛い…という展開になって、さすがぶんぶぶんだと思います。

未公開は、ほのぼの回が中心で見やすかったです。

とくに幼稚園の先生をやる回は、子どもの心を掴むのが上手な剛さんと、時間はかかるけどいちどなつかれたら根気よく遊んであげる光一さんと、ふたりの子ども扱いの良さがそれぞれに見られてたのしかったです。

光一さんはさあ、男の子を抱っこしたり抱えたりして、本当にこころからたのしそうに子どもと遊んでいて、そういうの見るたびにちょっと綺麗すぎるお顔とのギャップでびっくりするのだけど、赤ちゃんもすんなり抱っこできる人だったな…面倒見の良い人だったな…と改めて思ったりします。

光一さんのリモート収録はインスタライブみたいな、たのしくだらだらおしゃべりをするのが可愛くて、とくに「こうちゃんこれやってみない?」のスタッフのおねえさんが甘やかさないバージョン、みたいな感じでちょっと可愛かったです。「ちゃちゃっと」「ちゃっちゃっと」「だからwww」って光一さん可愛い。光一さんからなにを振られても頑張ってやるよ、という雰囲気が感じられたのもほんわり和みました。

剛さんは、20分間律儀に足踏みしながらベースを弾くの、素直でいい子で可愛すぎて大丈夫かよ!やるのかよ!となりました。可愛い。つよしさん、スタッフさんの言ってみたことぜんぶ素直にやってみてあげるスタイル過ぎて心配w

ただ、ぶんぶぶんのスタッフさんが、剛さんに番組のテーマソングを考えて下さいって企画するのは、なんかちょっとさみしかったな。ええー、こういちさんはー?ふたりで作ったらいいのにー。どしてつよしさんだけなのー?と思うと同時に、いやーでも光一さんはスタッフさんにテーマソング企画を提案されてもなかなか首を縦に振りそうにないし、もしかしたらもう断られた後かも知れない。とも思っていました。ちょこっとね。笑。

テーマソングを作りますと言われて即座に「いや、いいけどお」と言える剛さんと、ちょっと唸るだろうなあ、と思う光一さんのパーソナリティの違いもまた好きです。

そいで、そこからの流れで剛さんが

「光一に意見聞いてもいいの?」
「光一にも歌詞のアイディアとか相談したい」
「来週は光一ともリモートできるのね?」

とおっしゃったあたりからこう、今回のぶんぶぶん、一発逆転満塁ホームランの様相。

剛さんのテーマソングを作るなら光一さんとであたりまえだというこの感じ。そしていっそ光一さんと話したいのではという勢い、いただきました。大好きか!大好きなのね!大好きなんだね!うれしいわ!(私が)

そして何となくですが、普通にスタッフが光一さんに頼んだら実現しそうにない(かもしれない)合作も、剛さんからの相談なら光一さんも応えてくれるのではという感じがします。

スタッフさんがねらっていたのかは分からないけど、はじめからこうなることを予測して剛さんにだけ振ったのだったら、それはけっこう策士なのでは…と思ったりしたぶんぶぶんでした。

いやまあ、見てる私としては、ふたりで作って下さーい、と言ってくれるほうがうれしいけれど。「え、こういちさんは?」てなったファンと同じく、剛さんが「え、光一とじゃないの?」てなってるのがうれし可愛かったので、結果オーライです。

来週もたのしみにしています。

魔法のカクテルのほんとうのなまえ

ミヒャエル・エンデの『魔法のカクテル』を読みまして、言葉遊びの翻訳の難しいことを、改めて思いました。

原題は『Der satanarchäolügenialkohöllische Wunschpunsch』なのだそうで、Satan(悪魔)Anarchie(アナーキー), Archäologie(考古学), Lüge(嘘), genial(すばらしい), Alkohol(アルコール),höllisch(地獄),Wunsch(願い),punsch(リキュールの一種)という言葉をつなげてある、ということなのですが、

この雰囲気がやっぱり原語でないと分からないし、原語を見てもドイツ語圏の人がどういう印象をもつのかが分からなくってくやしいなあ、と思ったのでした。

訳語だと、ジゴクアクニンジャネンリキュールとなっていて、とても難しい訳だと思うのに、ちゃんとあやしい言葉をつなげた不思議なお酒のなまえになっているのがすごい。

すごいのだけど、原語の「考古学」や「すばらしい」みたいな悪印象の言葉ではないけれど意味のありそうな言葉と「悪魔」とか「地獄」とかいうつよい言葉がいっしょくたになっているのが魅力的なような気がして、韻を踏んだ魔法の呪文もそうですが、ああ、すべての本が原語で読めたらいいな、ときゅうにそんなことを思いました。

とはいえそれはまあなかなか直ぐに実行するのは難しいので、日本語で読める環境はとてもありがたく、訳者さんにもとてもとても感謝をしているのだけれど、ただ「私が読んだのは、原語ではないのだ」という意識を忘れないようにしたい。と思った。

魔法のカクテル (岩波少年文庫)

魔法のカクテル (岩波少年文庫)

あたまがくらくらする現象

先日、病院で新しいお薬をもらって、これがまあ眠くなる類なのですが、もう起きていられないほどの、あんまり眠たすぎて気持ちがわるくなるくらいの強烈な眠気で、今週半ばくらいは殆ど寝ていたように思います。

あんまり眠いので、先生に連絡をして無理です、と言ったらまあ飲まなくてもいいよということになったので飲むのをやめたら、なんだか急に元気になりました。

これはこれでよかったといえばよかったので、薬が効いて体はよくなっていて、眠気もとれたのでさっぱりしたーと言うことなのかなあと思っています。

ところで体調がわるくて眠いんだけど眠れない、眠れないけど起きられないというときに、横になって安静にしているはずなのに頭がふらふらしてくらくらして、耳の眩暈のように視界が回るのではないけれど、意識がふっと遠のいて目をあけていられないような現象をよく起こしていました。

これがいったいなんなのか分からず、脳がどうにかなっているのだったらいやだなあ、とこわく思っていたのですが、今回の眠たい薬で眠くて眠くて気持ちがわるい時というのが、このくらくらによく似ていて、ああこういうことなのかなとひとつ腑に落ちた気がしています。

体は起きているのに薬のせいであたまだけものすごく眠たくて朦朧としている時の、体とあたまのアンバランスがああいう気持ちのわるい眩暈のようなものを起こすということなのかもしれません。

それが分かっただけでも、もらったお薬は飲んでよかったのかもしれない。

あ、それで、そういうきもちのわるい状態の時に体がうごかなくって金縛りにあったりもしますね。そこで見えるものは夢と同じ原理なのじゃないかと私は思います。だって、金縛りでよくよく知ってる人がのしかかってきたことがあって、それはちっともこわくなかった。

なんのはなしかって、なんでもない話です。だっておしゃべりできないんだもの。

[Ki]×3 no.125

きんきさんの会報がこのごろとても頻繁に届くなあ。という実感なのだけど、年4回は変わってないのかしら。時のながれに置いてかれてるだけかもしれない。笑

いやでも内容も凄くよくなって、ひとり会報はしなくなったし、おたがいに言及するコーナーも作って、需要にこたえてくれてくれてるううって思う。

このごろのきんきさんはスタッフの体制も含めていい感じなのかなって思います。たのしいねえ。

内容は、ふたりともふたりらしいなーとさっくり読めたんですが、一問一答は、こころ昂ぶってしようがないよ!!

つよしさんの直接「髪染めた?」って言わないでこんなとろこで「似合ってたよ」てどういうことなんですか。ちょっとじらしてから皆のまえで口説くテクニックなんですか。公開恋の駆け引きですか。

髪型変えても何か言われるのはいや、と公言しつつ、気付かれなかったらそれはそれでちょっと拗ねちゃうし褒められたらうれしそうにする面倒くさい(…)こういちさんへの、最適解を見た思いです。

こういちさんも、つよしさんがずっと前から好きだったオレンジジュースを飲んでいることをさらっと報告してて、なんだよもうきんきさん遠回しに仲の良さ見せつけてきてもう可愛いなもう。

ところでこういちさんは相変わらず「それは嫌なの。」とか語尾の可愛さが可愛い。

ばかげてるかどうかなんて関係ないんだ。正しいかどうかが問題なんだ。読んだ本でだってみんなそうしてるんだから。

もうずっと前に読んだ『トム・ソーヤーの冒険』はうっすらぼんやりですが面白かった記憶がありました。

『ハックルベリー・フィンの冒険』も面白かったです。ええと、トムがでてくるまでは。と言うこと自体が何となく残念なのですが、父親に殺されかけて逃げたハックと、奴隷商に売られかけて逃げたジムが筏でのんびり気楽な会話を交わすのも、自由に流れながら変な詐欺師に振り回されるのも、振り回されつつハックがこういうのやだな、やな奴だなあ…なんて考えるのも、本当に面白かった。

のですが、フェルプスさんの農場でジムが捕まって、トムとハックがジムを助けるためにいろいろ画策する辺りからもう、ほんとうにトムが面倒くさくてもう(こら)。

さいごにちゃんと種明かしがあって、トムのやってたことが分かるようになっているのでお話全体に矛盾はないのですが、けっきょくトムがやっていたのは、とても安全で健全な「遊び」で、それが分からないハックとジムと(私)の温度差が大きすぎるのですね。

このお話、巻末の解説を読むと、白人のハックと黒人奴隷のジムの友情、とりわけハックがこの時代の常識と葛藤しながらジムとの友情を全うしたところに感動がある…という感じの評価なのかなと思うのですが、

私はハックとトムの温度差が痛烈で、そっか、この人晩年に『不思議な少年』を書いた作家さんだ。めっちゃペシミズムだ。としょんぼり気落ちしました。鋭利すぎるねん、この人…抉りかたが…。

ハックは同い年で幼馴染みのトムよりずっと、ジムと居るほうがたのしそうに見えました。

トムはいつでもハックに「何も知らない」と言っては本で読んだ冒険譚ごっこで遊ぼうとする。ハックはいつだってトムならもっと素晴らしく立派にやり遂げるに違いないとこころから思ってる。ハックが逃亡奴隷のジムを助けたい、ふたりとも上手く生き延びたい、という状況で、トムはハックを遊びに付き合わせているだけなんだものなあ。

ハックが至極冷静に「どうしてトムみたいなちゃんとした人がジムを助けようなんて言うんだろう」とか「どうしてトムがジムを助けようって言ったのか分かった」とか言うのが切なくなります。そこにいっさいの文句や、トムを嫌になる素振りがないのが余計に哀しい。人種や身分の違いより、境遇や格差の違いによる断絶がずっと深い。

そういう話のように、私は思った。

ハックルベリー・フィンの冒険(上) (岩波少年文庫)

ハックルベリー・フィンの冒険(上) (岩波少年文庫)

 

 

 

慶長熊本 歌仙ちゃんと古今伝授さん

とうらぶ特命調査 慶長熊本。
本当にめっちゃくちゃたのしくてできのよいイベントで素晴らしかった。

何が素晴らしいって、歌に本意を込めて匂わせる古今伝授さんに対する、特歌仙さんと極歌仙さんの対応の違いが顕著なのがいい。極歌仙さんの余裕たるや!その成長たるや!

声優さんが特と極で演じ分けてくれているので、同じ台詞でも特なら古今伝授さんに振り回されているようにも見えるし、極なら助けを求める古今伝授さんの意を完璧に組んで拾ってあげてるようにも聞こえる。

そしてどちらにせよ、歌仙ちゃんの信念と優しさと強さは揺るぎない…!!美味しい!素敵!きゃー!!歌仙ちゃーん!!

極歌仙ちゃんはもちろん、この歌仙ちゃんは特歌仙ちゃんでさえ、大倶利伽羅と喧嘩しそうにないのがちょっと面白いです。よっぽど、相性が…。それとも古今伝授さんは身内だからこそ?

私はやっぱりちょっと気難しくてでも優しくて可愛い特の歌仙ちゃんが好きでした。
極も素敵だけれどね。とくに、「わかったよ、」の優しさとか「上の句もいただけるかい?(苦笑」の余裕とか。素敵だけど、ああ、ぷんすこしなくなってしまったのね、大人になってしまったのね…という一抹の寂しさがありました。

大倶利伽羅と歌仙ちゃんの喧嘩は、どうしてもじぶんの中で昇華してお話にしたい部分でもあります。回想90の古今伝授さんとの会話も絡めて、歌仙ちゃんの人間関係…刀関係?かたちにしたいなあ。

お互いに友と呼べる雅なかまの古今伝授さんと歌仙さんのみやびなふたりをたのしみたい。

社会との距離

緊急事態宣言が出て行動が制限されるのなんて、一生にいちどかなあ。
それともこれを皮切りに、いろんな事が起こっていくのかも知れない。

こうなってみて思ったことを覚書して置こうと思います。
じぶんのあたまの中を知るために。

・今回、政府・行政が自粛を要請していることは、ひと通りやろうと思った。
たまたま政府の対策と、個人的にウィルスこわいから蔓延して欲しくないな…という感情が一致したからそう思えたのかも知れない。政府の見解とまっっっく意志が合わなかった場合、じぶんはどうするのかな。

・政府の方針に反した行動をとる人について
明らかに不用意にウィルスを広める行動には、迷惑だなあと思う。だって私は、海外で津波災害レベルに人が死んでるのを見ると、じぶんの住環境がそうなって欲しくないと思うから。そうは思うけれども、他人の行動を制限する方法も権利も何一つ無いので、一定数そういう人がいて、相容れないのはしかたがない思う。
政府に賛同する人が多ければ、出歩く人は少なくなるだろう。それが民主主義って事なのかも知れない。
行動を罰する法律が制定できない日本の制度は、独裁権力を持ちづらくしてあるのだなと、今回よく分かったように思う。それは概ね心地よいことのように思う、私にとって。

政府の方針に反した行動を取る人を特定して村八分にしてボロボロになるまで叩いて追い込む人については、他人にそこまで興味が持てるのが凄いと思うしこわい。
私が迷惑だとは思っていても大多数が迷惑だと思わない事象について、私がぼろぼろに責めたら、それは気が違っているのじゃないかとみられるだろう。それと同じ。
考え方が相容れない人はいる。そういう人に 「~すべき」と正論(と私が思っているもの)を振りかざすことは虚しい。よくまあ、じぶんが絶対に正しいと思えるものだ、という気がする。政府が正しいのでもない。私が、政府に協力しようと思えた。今回は、というだけだもの。

・高尚な芸術として演劇保護を訴える一部の演劇人・文化人
ちょっと何だかなあと思っている。それは、エンタメ業界、演劇界を商業的に継続させていきたいと、せいいっぱい考えてる推しがいて、推しを応援しているのに、彼らが世論に喧嘩を売るような事を云うことで、足を引っ張っているように見えてしまうから。

・リベラル
こんなときでも、リベラル寄りの人の言説はにがてだなーってにがわらいしてしまう。

・収束
夏頃、気候の関係で何となく落ち着いて日常が戻ったらいい。その間にアビガンとかレムデシビルとか抗ウィルス薬が認証されて、また秋冬にかけて流行し始めても、軽症で検査からの服薬ができるような体制が整っていればいい。罹患しても治療法があるからおおよそ大丈夫、というインフルエンザくらいの存在になったらいいな。
というのが専門的知識皆無の状態で情報をひろって頭のなかでまとめた理想の半年。